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初めての月命日 [ご報告]

5月11日が初めての月命日となりました。妻のお母さんも夕方花を持って来てくれたり、以前自宅前のアパートに居て懇意にさせてもらった方や、妻が通っていたプリザーブドフラワーの先生から貰った花束などで、妻の周りは再び賑やかな感じになりました。夜は近所の居酒屋で献杯をしました。あっという間の1ヶ月でしたが、まだ始めて知って、訪問してくれる人が妻の事を偲んでくれるのはありがたい限りです。
来月の散骨は、妻が入院前、行ければ妻の両親と犬を連れて泊まりに行こうと言っていた鴨川の宿に宿泊することにしました。散骨をお願いする会社は、海洋散骨に長けていそうな勝浦港出発で鴨川沖まで南下してくれる会社に依頼することにしました。鴨川市観光協会で紹介していただいた地元の葬儀社は鯛の浦から出向するプランがあるものの、名古屋にある会社の海洋散骨プランをそのまま取り扱うだけで海洋散骨の実績に乏しいことと、散骨前の粉骨も送付のみの受付で、自宅に引き取りにくるオプションも無いこととから、粉骨に自宅引き取りオプションもある勝浦港出港の会社に決めました。犬についても、乗船も可能であるし、港の事務所で預かることも可能であることも決め手になりました。
注文していた位牌が届きました。綺麗なグリーンで天使の羽を思わせるとても可愛らしい位牌でした。いまある葬儀時に使用した白木の位牌は粉骨引き取りの際に、オプションで引き取り処分をお願いしました。現在は手元供養用に自宅に残すミニ骨壺をどれにするか検討中です。

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これから [ご報告]

妻が生前Webで見つけて、これに俗名で自宅と実家用の2つ用意してほしいと言っていた位牌、輪島塗プルーム・エメラルドを俗名入りで2つ発注しました。仕上がりは連休があるので5月中旬以降になりそうです。
生前妻が海洋散骨の場所として希望していた安房鴨川で海洋散骨の段取りをしようとWeb検索で鴨川での散骨記載があった会社2社に問い合わせたところ、現在鴨川での散骨は行っていないとの事でした。(一社は提携船が無くなった為とのこと)娘と妻の両親、愛犬を連れて鴨川に前泊して、散骨中は宿で犬を預かってもらうつもりでしたが、根本的に散骨をしてくれる業者が見つかりません。そんな中、一つの会社は現在、近隣の勝浦での散骨を行なっており、勝浦出港であるもののオプションで鴨川沖まで南下して散骨が可能との事であったので、現在勝浦周辺で実家の愛犬と泊まれて、散骨中は愛犬を預かってくれる宿、またはペットホテルを検討しています。元々多くの会社で手掛けている東京湾や九十九里の海よりも、きれいな鴨川の海での散骨を希望していたことから何とか希望をかなえてあげたいと思っております。

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その後 [ご報告]

お骨とともに自宅に戻りましたが、事前に折りたたみテーブルに白いクロスを敷いておいたのでひとまずお骨を安置しました。40分後位に葬儀社の担当者が喪主花と供物、返礼品の残りを自宅に運んできてくれましたので早速飾り付けたのですが、元々妻は線香の煙と匂いが好きではなかったので、さぁどうしたものかと・・・式に列席していただいた方の供物の中に、デパートの包みで桐箱入りの線香があったので、それを試してみましたが火をつけない状態では良い香りなのですが、火をつけるとそれなりに線香の匂いもするので、代わりに家にあったお香を焚いてみましたがやはり今一つであるという事と、6畳の和室で焚くとそれなりにこもるので、どうしようかと考え込んでいました。葬儀では焼香ではなく献花にしたことから、花のポプリを献花すれば香りも良いし、訪ねてくれた方にも、葬儀も献花で行ったので、こちらでもお花の代わりにポプリを献花してくださいと伝えやすいのでは?という事になり、急遽18:30過ぎに娘と電車でデーパートへ出かけました。いつも行く天然素材のお店を覗いてみると、紙でできた小さな薔薇に香りをつけたものが売っており、赤、ピンク、白の三色あってそれぞれ臭いも違う商品がありました。これであれば本物のポプリと違って持つときに花弁が崩れてしまうことも無いし、ローズオイルを別途買えば香りも維持できるのではと考えました。ローズオイルは品切れで月末入荷となりましたが、それまで匂いを持たせるため、キッチンコーナーで簡単操作で蓋の開閉ができる密閉容器を購入しました。訪問してくれる方がいらっしゃるまでは密封容器に入れておき、献花の前に容器を開けて献花してもらうことにしました。献花をするのにどのようなお皿に献花してもらおうかと、デパートの中を探し回っているとドイツ製クリスタルガラスのお店で、手頃なサイズのガラス容器と受皿が売っていたので購入しました。妻の実家でも献花できるように全て2セット買い求めました。帰りにデパ地下で妻が好きだった焼き鳥と、ユーハイムのバームクーヘンを買って帰えって妻のお骨のある部屋で、皆一緒に食事をしました。まさか告別式の当日夕方からデパートに買い出しに行くとは思ってもみませんでしたが・・・でも素敵な献花台ができて良かったと思います。
翌日からは近所の方々がお悔やみに来ていただき、献花をし、たくさんの写真を見て、亡き妻を偲んでくれております。月曜日以降は、役所に出向いて各種手続きに必要な除籍が記載された戸籍謄本と印鑑証明を発行してもらいました。また利用しませんでしたが介護保険の保険証返却、身体障がい者2級の手帳の返却、別日で自動車税減免手続きをしていたので死亡届の提出をしました。銀行通帳解約の手続きに妻の生前からの戸籍謄本が必要との事であったので、妻の実家に行きお父さんに戸籍を取ってもらいました。3日かけて銀行3行と郵便局の解約の手続きが完了しました。来週になると娘が二十歳になるので親の親権での私のみでの手続きができず、娘も印鑑登録して印鑑証明が必要になるため今週中に全て完了して良かったです。結婚してからキャッシュカードを妻に預けて、小遣い制の生活をしていたので銀行関係は一切関知しておらず、使用可能な通帳や印鑑、カード等をまとめるのにも難儀しました。クレジットカードについてはカードに記載のある電話番号にかけて手続きは完了しました。金曜日から会社に出社しました。本当は4月7日から今月いっぱい介護休暇の届を出していたのですが、妻が亡くなってしまったので勤続報奨で昨年付与されていたリフレッシュ休暇を使って一緒に何処かへ行けるわけでもないので、今回はリフレッシュ休暇5日間と公休4日間、配偶者死亡による慶弔休暇5日間、有給休暇1日で処理をしてもらう事になりました。妻が元気であればリフレッシュ休暇に公休をつけて9日間の長期旅行に行けたのですが・・・残念です。

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通夜・告別式 [ご報告]

4月12日の12時以降に実際に葬儀を挙げる斎場に戻ってくることから、14時頃に家族で会いに行きました。式場の控室に安置されており、エンバーミング処理を施されていることから顔色や鼻筋、髪型等も良くなっており、今にも起きだしそうな感じがしました。友引で他の式が無いことからゆっくりと対面することができました。その後担当者と式の打ち合わせを実施。役所の手続きは葬儀社で実施してくれるとの事で、死亡診断書を渡し依頼。葬儀の内容について打ち合わせ。生前妻の依頼で一度打ち合わせを行なっていたので確認と変更点を詰めていくのですが・・・内容的には祭壇の大きさと内容、こちらは花祭壇のデザインタイプで、青い花が好きであったので青い花を混ぜてくれるようにお願いしました。式のタイプは無宗教で自然葬となるため読経の代わりにシンセサイザーによる献奏となるため、明日までに妻が好きであった曲目を10曲程度ピックアップしてほしいとの事。セレクトは娘に任せました。また献奏の後に流すDVD制作の為、写真20枚を明日までに用意する事と、DVDに織り込むエピソードを明日の15時頃に制作担当者から連絡が行くのでそれまでに考えておく事。写真はデータではなく写真そのもので欲しいという事なので、帰宅後自宅のプリンターでプリント出力しました。会葬礼状の文面作成の為、エピソードを質問形式の紙に記載して明日提出する事。お棺は白地に花柄の物を選択、骨壺もカトレア柄を選択、通夜の食事、火葬時の食事等の内容等を決定しましたが、事前にある程度打ち合わせしていたので2時間程度で済みましたが、一から説明を聞きながら打ち合わせを行なっていたら3時間以上はかかっていたものと思われます。自宅に帰ってからも、列席予定者を妻の実家系と私の家系とエクセルで作表したり、写真のプリントや、持込で写真データをDVD化して常時モニターで流してもらうDVDの制作を行い結局AM2時過ぎまでかかってしまいました。
13日は、14時頃に斎場に伺い対面しましたが、夕方から別の方の通夜が入っている為、3階の安置室で対面後担当者に、DVD用写真の提出(20枚)、概算人数規模伝達、式で流す曲の一覧、エピソード用紙を提出、帰宅前に写真屋さんで飾る用の額を購入、帰宅後は参列者のブラッシュアップと斎場の思い出コーナーに飾る写真のセレクトとプリント等を行い、通夜、告別式、散会の喪主挨拶内容を考えたり等、この日もAM2時過ぎまでかかりました。
14日は、10時頃から今夜の通夜最終打ち合わせ。会葬礼状内容確認。料理、数量確認、供花リスト確認、式場に泊まる人数の確認等を実施。親族葬ではあるものの通夜55名、告別式55名(通夜と顔ぶれは若干名変わるものの)と割と大きな式になることと、告別式後の火葬場まで55名参加予定となった為、急遽マイクロバスを1台⇒2台に増やしてもらい、火葬場での食事処の部屋もパーテーションを取り払って大部屋にしてもらう事になりました。18時からの通夜となりましたが、私自身も無宗教での葬儀は初めてで、まして喪主は初めてとなり非常に緊張しました。焼香ではなく献花として白いカーネーションを捧げるのですが、最初が私と娘であったためどのようにすれば良いか判らず、少しぎこちない献花となりました。献花の後は棺の前を通って妻に合って席に戻るのですが、皆さんに見ていただく事になるため、エンバーミングしておいて良かったと思います。DVD部分では思わず涙があふれましたが、喪主の大役を務めあげるためぐっと堪えて、最小限の取り乱しで済みました。親族葬であることから、すべての人が妻を知っていて親族+近しい友人3名であることから、事前に通夜式終了後祭壇の前で集合写真撮影を注文しておき、撮影終了後一斉に通夜振る舞い会場に移動し、妻を偲んで皆で語らっていただきました。会場では自作の写真からのDVDを常時流しました。
15日は11:45からの告別式となりましたが、10時に写真屋さんに行き昨日の通夜振る舞いの際撮影した写真をプリントしてもらってから会場に入りました。告別式でも妻が好きであったB'zやアルフィー等の楽曲を献奏してもらいました。お棺には、妻の美容師免許やエレクトーンの級、病になったときいただいた千羽鶴等と、花祭壇の他に供花も25本あったため、お棺には一杯の花が入り、蓋が閉まらないのではないかと思ったほどでした。送り出しの際には、以前娘と妻が話していた際に、最後はこの曲で送ってもらえればと言っていた桑田佳祐&Mr.Childrenの「奇跡の地球」で送りました。火葬場で最後の別れをした後、精進落としをいただき、その間に朝プリントした通夜での写真を分けて参列者に配りました。本人を知った人しか参列していない花いっぱいの自然葬でしたが、皆さん口々に「良い式であった」「自分の時もこのような式にしたい」とのお言葉を多数頂戴することができました。食事後、骨あげを行ないましたが、55名での骨あげとなることから、最初に私、娘、お実母さんの3名だけで実家分骨用の骨あげをさせていただき、その後皆さんでの骨あげとなりました。斎場に戻ってから散会の挨拶をし、お骨とともに自宅に戻りましたが、あっと言う間の出来事であったため亡くなった実感がわかないと言うのが実際の所です。きっとこれから様々な場面で喪失感を感じて行くのだと思います。

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ご報告
妻は4月11日午前5時頃、痛みや辛さの無い世界に旅立ちました。
担当医が不在であったため強力な鎮痛薬(麻酔系)は使うことができず、既存の薬品点滴のままでした。AM2時過ぎまでは、様子を見ながらアイスノンの交換や体の向きを看護士さんに変えてもらうため数回にわたり看護士さんを呼びに行ったりナースコールをしたりしていましたが、その後様子が落ち着いていたので一旦仮眠していたところ、4時過ぎに看護士さんが様子を見てくれ辛そうであったので身体をさすったりクッションの位置を調整などしてくれていて、また落ち着いてきたので私に「また様子を見に来ますね」と言って看護士さんが部屋を出ようとした4時半頃、嘔吐が始まり大量の嘔吐物が呼吸障害を起こしたことと、一気に吐瀉物が増え血圧が下がったからか、呼吸が止まってしまい、応援の看護士さんも呼んで吸引をしましたが、吸引量も1ℓを超え看護士さんから「直ぐに親しい人を呼んでおいて!」との言葉を受けて、自宅の娘と実家のお実母さんに電話をしました。吸引している看護士さんが何度も呼びかけを行っているものの反応が無く、私もここ数日の様子や、妻の「何で死ねないんだろう」との言葉が思い浮かんで、とてもがんばれとは言えず、「今までありがとう」と手を握るのがやっとでした。看護士さんの対応のかい無く二度と呼吸は戻ってきませんでした。その時の時間はAM5時頃でした。娘が到着したのがそれから15分後位、お実母さんと、お実父さんが到着したのはAM5:30過ぎでした。亡くなってからは、口が空いたままにならないように暫く口を押えていました。これは以前お実母さんが、自分の兄の臨終の際に口を押える対応をしていたのを見ていたので、とっさに「今までありがとうね」と言いながら口を押えました。皆悲しみはあったものの、ここ数日の辛い状況を考えると、「やっと楽になれたね」と言う気持ちを強く思いました。当直医による検死確認が行われたのはAM6:24分であったので、書類上の死亡時間は6:24となりました。娘は妻の身体を抱いてひとしきり泣いていましたが、旅立ちの支度をする際に看護士さんに「支度の見学をさせてもらえませんか?」と自ら申し出て、お実母さんが持ってきた浴衣を持って清拭、綿詰、化粧、着替えを見学だけではなく一部手伝わせてもらったそうです。現在看護学部の2年生になったばかりで、今回貴重な体験と遺族の思いを直に学ぶ事が出来たようです。何れこの経験を生かして立派な看護士になってもらいたいと思います。移動するまでの間、部屋の片付けを行い、一旦娘と自宅に戻り、納棺時に着せる洋服を選びました。10時頃病院提携の葬儀社の方が霊安室まで運んでくれることになりましたが、ストレッチャーに移す際に吐瀉物が漏れてしまい、急遽吸引が行われました。霊安室前まで運ぶ際には、その日出勤の看護士さんにも見送っていただき、霊安室からは先日頼んでおいた葬儀社の方に引き渡され、頼んでおいたエンバーミング(保存処理)を行うため、娘、ご両親、実弟を乗せて葬儀社本社に向かいました。本社でエンバーミングの担当者に慰霊写真で使用する写真のプリントを渡して痩せてしまっているものの、可能な範囲で以前の様子を再現してもらいたいとお願いしました。合わせて納棺時に着せる服をを渡しました。葬儀社本社で通夜・告別式の日程について調整を行ってもらったものの、翌日が友引で、その翌日が既に予約が入っている為、最短で14日(木)通夜、15日(金)告別式、との事であったのでその日程で予約をお願いしました。火葬場の予約が13:30であったので、通夜18:00から、告別式11:45からとなりました。詳細の打ち合わせは地元の式場で担当者と行うこととなったので、皆で妻の地元でいつも行っていたイタリアンのお店が葬儀社本社の近くに移転していたので、亡き妻を偲んで食事をし、食事後デパートでお世話になった病院のナースステーションに持って行くお礼のお菓子を買って、病院に持って行きました。あまりにもあっけなく別れがやってきてしまい、行うことが多々あったため当日は感傷に浸る余裕がありませんでした。通夜、告別式については改めてご報告させていただきます。

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